中村文則『土の中の子供』。

素晴らしい。
僕は自分で(自分なりに、自分なりの、という言い訳で)小説を書いているわけだけれども、「この人が居れば自分が書く必要なんて無いよな」と思う人が数人居て、中村さんは間違いなくその中の一人なのでした。

あの時、私は犬に向かって叫んだのではなかった。犬の向こう側にあるもの、私を痛めつけた彼らの、さらに向こう側にあるもの、この世界の、目に見えない暗闇の奥に確かに存在する、暴力的に人間や生物を支配しようとする運命というものに対して、そして、力のないものに対し、圧倒的な力を行使しようとする、全ての存在に対して、私は叫んでいた。私は、生きるのだ。お前らの思い通りに、なってたまるか。言うことを聞くつもりはない。私は自由に、自分に降りかかる全ての障害を、自分の手で叩き潰してやるのだ。

芥川賞を見事受賞したこの作品ですが、なるほど確かに短さの中に溶けることの無い緊張が同居し、心の中に巣食う何かをかたちにして描き出すことに挑戦し、わずかながらその片鱗を掴み取っている、そういう作品だと思います。芥川賞受賞時には「地味だ」とヌカしていた僕なのですが、いやあ、その評価は完全に間違いでした。やはり作品は読んでみないとなんともいえないものですね。
「僕が書かなくてもいい」という作家の存在はやっぱり僕にとってはすごく羨ましく疎ましいもので、でもそういう人々が居るからこそ書いていこうとも思えるのでした。頑張らなくちゃ。

お前のことだよ。目障りだ。頼むから、早く死ねよ。

死ね、という言葉はやっぱり重いものなんだな、と想いました。
ぜひ読んで欲しい作品です。芥川賞だし、割と読んだ人は多いと想いますが。
同時収録の『蜘蛛の声』も短く刺激的です。昨日読んだ『さよなら アメリカ』と通じ合う部分がもしかしたらあるかもしれない。